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高齢化社会の情報化とは?

先日、70代で現役の生保ウーマンに出会った。旅行と温泉が大好きで、すてきな年の取り方だな、と思わせる人生を楽しんでいる。しかし彼女には実は大きな不安があった。「来年からパソコンを持ってお客さんを回れっていうのよ。わたし、画面は読みづらいし、キーは小さくて覚えられないし、もうやめるしかないのかしら?」

あなたがもしパソコンを使っているなら、それをよく見てほしい。あなたのご両親は、近所の高齢者は、それを使いこなせるだろうか? いや、X年後のあなた自身が、それを使えにくくなったら、どこへ相談に行けばいいのだろう?

本人はなかなか認めたがらないが、高齢者とは軽度重複障害者である。目も耳も指もいくらか不自由だが、実はまだまだ働ける。これまでの人生を子や孫に書き残したいし、地域活動も、同窓会のネットワーク作りもしたい。「もしパソコンが使えれば」そう思っている高齢者層は、パソコンの潜在的ユーザー層であり、サービス産業まで含めれば膨大な市場である。しかしメーカーはその層を見ているようには思えない。高齢者に使えないものしか売っていないのに、若い人しか買わないからと若者向けにどんどん機能を追加した結果、情報機器はますます難しくなってきている。

来世紀に、日本は未曾有の高齢化社会、すなわち人口の4分の1が65歳以上という状態に突入すると言われている。自治体によっては、すでにそこまで到達しているものの少なくない。そして、今や世界は、ドッグイヤー(暦1年で6〜7年分進む)と呼ばれるほど目覚しい高度情報化社会を迎えている。企業や政府がいくら情報発信をしても、相手が受け取れなければ意味がない。情報化社会そのものを、障害者・高齢者が受け取れるかたちにデザインすること、情報のユニバーサルデザインが必要とされる所以なのである。

これを実現するために、まず産業界の意識改革が必要だ。情報産業の製品デザイナーは、ユーザーは高齢者・障害者であると思って製品をデザインしてほしい。サンプルの時点からさまざまな障害を持つ方にモニターとして参加してもらい、最初からその配慮を組み込んでおけば、使えるユーザー層は格段に増える。頚髄損傷者の入力として開発された音声認識が、誰にとっても便利なものであるように、高齢者や障害者に使いやすいパソコンは、女性や初心者にも受けるだろう。Webも、音声ブラウザーで聞きやすいかどうか、視覚障害者に検証してもらうとよい。音でも聞きたい高齢者や在日外国人にも便利な画面となる。

自治体においては、それぞれの障害に応じたパソコン設定を行なう専門家、リハビリテーション・エンジニアの育成が急務である。日本にはまだほとんど存在しないが、地域のリハ・センターやパソコンスクールに必ず一人はいてほしい。そして、そのリハ・エンジニアを支える組織として、地域ごとにパソコン・ボランティアが存在すれば、安心して地域の情報化を推進できるだろう。これは少しパソコンのわかる社会人や大学生が、空いている時間に地域の高齢者や障害者のフォローをするボランティア活動のことである。

政府は公共投資の一部を、ぜひ中高年の情報リテラシー教育に振り向けていただきたい。これによって来世紀の日本の国力は、大きく左右されることになるはずだ。人口の4分の1を占める層を、能力として使いきることができれば、高齢化社会は決して暗くはない。そのためにも、今の障害者は消費者として自分に使える製品を企業や国に要望する義務があると思う。来世紀のわたしたちの先生は、今の高齢者であり、今の高齢者の先生は、先に障害をもって生活している障害者なのだ。自分が年をとったとき、使える情報通信機器が存在していてほしい。それは特別なニーズを持つ層の要望ではもはやない。明日のあなたが必要とする機能なのである。みんなで元気なコンピューターおばあちゃんになろう。

- 新潮社月刊フォーサイト1999年1月号に掲載されたものです -

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