情報のユニバーサルデザインの歴史:アメリカ
アメリカの法律に見る情報のUD
情報のユニバーサルデザインは、アメリカが日本の一歩先を進む形で広まりました。アメリカで情報のユニバーサルデザインが進んできた理由として切り離せないものが、障害者に対しての権利を保障する数々の法律の成立です。
1990年のADA(障害を持つアメリカ人法:Americans with Disabilities Act)は、 障害を持つ人々に対しての権利を保障する法律です。雇用、公共サービス(公共交通を含む)、公的建築(ホテルや小売店を含む)、テレコミュニケーション (主に電話リレーサービス)の4分野があり、罰則規定もある差別禁止法です。この成立をきっかけに公的な製品やサービスは、すべて障害を持つ人々も利用で きなければならないという義務が生じました。このため製品やサービスを提供する企業や業者からも、最初から多様な人々が使えるようにデザインするというユ ニバーサルデザインの考えを取り入れる動きが起こってきました。また、教育や住宅、医療といったADA以前に出された法律もたくさんあり、それら全てが、 アメリカのユニバーサルデザインを支えていると言えます。
UDとしての字幕放送の歴史
アメリカでは、ユニバーサルデザインという考えが広まる以前から、すべての人に情報を保障するという考えに基づく動きが盛んでした。その中の最大のものが音声を字幕で表示する字幕放送で す。アメリカの字幕放送は、一般的には表示を消したりつけたりできるクローズドキャプション(Closed Caption)のことを指します。これは聴覚障害者だけではなく、英語を母国語としない人、子どもの学習などにも有益であり、ユニバーサルデザインの考 え方に基づく情報提供方法と言えます。
アメリカの字幕放送が正式にスタートしたのは1973年です。当時はごく一部の番組に限られた放送であり、すべての番組に字幕がついていたわけではありま せん。しかしその後次第に字幕放送は広がり、2006年にはほとんどすべての放送に字幕をつけることが義務付けられるようになりました。こうした字幕放送 の発展には、聴覚障害者団体の草の根活動、企業側の技術開発、関連する法律などが影響を与えています。字幕に関する法律としては1990年にADAと時を 同じくして成立したテレビデコーダ回路法があります。これは米国内で販売される13インチ以上 のテレビには字幕デコーダを内蔵することを義務付けた法律です。コンテンツと機器の双方がユニバーサルデザインになったことで、追加コストのかからない情 報保障が可能になったのです。こうした動きの中で、字幕は聴覚障害者に限定しない広い市場に向けたサービスとして定着していきました。なお、視覚障害者へ の放送の情報保障として、音声解説(Audio Description)も必要ですが、これは法制化が待たれているところです。
米国での放送のUDに関しては、ボストンにあるWGBHという放送局のNCAM(National Center of Accessible Media)が、世界の研究をリードしています。
情報機器のUD
情報機器に関する法律としては、1996年にテレコミュニケーション法255条(Section 255 of the Telecommunication Act)が制定されています。これはテレコミュニケーション、いわゆる情報機器や情報に対して障害を持つ人が普通にアクセスできる権利を保障することをメーカーやサービス提供者に義務付ける法律です。
255条は、IT機器を開発する企業に対する法律ですが、機器の開発段階における当事者の参加を奨励しています。その点で、ユーザー参加型設計である、ISO13407などとも関連する部分があり、ユニバーサルデザインの製品開発を推進するものです。
また情報機器のユニバーサルデザインを普及させた法律に、1986年のリハビリテーション法508条(Section 508 of the Rehabilitation Act)が あります。政府の調達するIT機器は障害者にアクセシブルなものでなければならないという法律で、IBMやAppleが専門組織を作るきっかけになりまし たが、拘束性がないことが課題でした。日本にも影響を及ぼし、1990年の通産省の指針はこれを受けて作られています。1998年にこの法律は改正され総 労働力投資法(Workforce Investment Act)に含まれました。改正508条ではこれまで非拘束指針だったアクセシビリティ基準を、拘束性・施行性の基準とし、これを連邦政府の調達基準として います。この法律は連邦政府が開発・調達・管理する電子情報技術は、障害をもった職員や政府のサービスを受ける人にも、アクセスしやすいものであることが 必要であるというものです。
言い換えると、アメリカ連邦政府はアクセシブルな情報機器でなければ調達することができませんし、アクセシブルなWebサイトしか作ってはいけないので す。2001年6月21日以降、利用者側はこの法律をもって連邦政府を訴えることができるようになりました。また、この法律の適用範囲は、連邦政府だけで なく、Technology Actという法律で連邦政府からファンドを受けているすべての州政府にも拡大されているため、米国の公的機関は、ほぼ、この 影響を受けると言われています。米国を始めとするIT産業は、公的機関と民間に別製品を提供することのコストを避け、政府調達を有利にするため、こぞって 508対応の部署を置き、製品のユニバーサルデザイン化に取り組むようになっています。
2007年になって、508条の見直しの動きが出てきています。今後の動きに注目しています。
インターネットのUD
インターネット技術では、1996年にWeb Accessibility Initiative(WAI)(英
語)が設立されました。WAIは、WWW
Consortium(W3C)というWebの標準を策定する国際NPOの中のグループとして設立されたもので、Webのアクセシビリティに関する検討を
行っています。WAIの影響力により、インターネット技術の標準の中に、アクセシビリティの概念が当然のものとして入ることになりました。こうして作られ
たのがHTML(ホームページの記述言語)のバージョン4.0です。
1999年にはホームページの制作上どのような点に配慮するとアクセシブルになるか、というガイドラインとして、Web Contents Accessibility Guideline 1.0(英語)が発表されました。 これは、2007年現在、2.0が検討されています。
この他にも、インターネット技術の進歩とともに、開発ツールや評価ツールなどのアクセシビリティの技術が、WAIの活動を背景に、多くの企業などで開発されてきています。
インターネットについても、これまで述べてきたADAやテレコミュニケーション法255条、リハビリテーション法508条といった法律が適用されます。特
にリハビリテーション法508条の1998年の改正では、WAIのWeb Contents Accessibility Guideline
1.0のプライオリティ1と2に言及した基準を導入しています。