2009年CSUNツアーレポート:関根千佳(7)
3月20日 その1 図書館における情報のユニバーサルデザイン
今日もセッションが目白押しだ。DATEという今年から始まったシニア向けのトラックあり、図書館のUDに関するセッションありと、一日スタディが続く。
今回の目的の一つでもあったBOOKSHAREのセッションでは、このNPOが「PRINTED DISABILIRY(読書障害)」に対し、どのような活動を行っているかが説明された。ここは、視覚、学習、肢体不自由などのニーズをもつあらゆる年令の学生のために、必要な本をカットし、OCRで読み取り、デジタル化してDBに登録している。教師や親の要請に応じて、いつでも何度でもその本をダウンロードできるのだ。教科書はもちろん、教師が推薦する書籍、若者向け良書シリーズに、多くの新聞や雑誌も入っている。デジタル化されているので、拡大ソフトや音声・点字変換にも対応可能だし、DAISYにも対応しているので、テキスト音声として聞くこともできる。この会員になって認定されれば、VICTORREADERやREAD:OUTLOUDなどの支援技術も無料で使える。
これは米国の教育省にファンドされているようだ。2004年の教育法(IDEA)の改正によって作られたNIMAC(National Instructional Materials Accessibility Center)が、書籍のアクセシビリティ確保という方針を出して以来、USにおける書籍のデジタル化は飛躍的に伸びたと聞いていたが、この報告を聞くとその勢いに圧倒されるばかりだ。すでに4万5千タイトル以上の本がデジタル化されており、毎月、千の単位で増えているという。依頼のあった本を切り(会場ではCHOP!と書いてあって、本を大きな斧でカットするイラストが可愛かった。前にスタンフォードやMITでも同じ道具を見たことを思い出す)、スキャンニングしてOCRで取り込む以外にも、版元でデジタルデータがあればそれを取り込むこともやっているそうだ。
これには膨大な数のボランティアがチョップや校正にかかわっているそうで、読書障害の子どもを持つ親も多いとのことだった。だが、自分のボランティアワークの結果が、自分の子どもだけでなく、全国の学生に読んでもらえると思えば、やりがいのある仕事だこのBOOKSHAREのようなNPOは、他にもあるそうで、その層の厚さが羨ましかった。
もちろん、著作権に関しては大変シビアにチェックしているそうで、ネットワーク上にこのファイルが無断で流されていないかをチェックする専門の技術者を何人も配置しているとのことだった。日本では点訳に関しては著作権者の了解を得ないでも可能だが、音訳やデジタル化に関しては大変厳しいものがある。教科書の拡大でさえ、これまでは親の会が手作りでカラーコピーを貼り合わせて作っていたが、昨年ようやく法律ができ、版元からのデジタルデータを受け取れるようになったばかりだ。教科書でさえこんなレベルなのだから、参考書や一般図書はアクセスできる状態にはほど遠い。このBOOKSAHREは、世界的な活動組織であるとのことだが、日本からは全くコンタクトがないそうで、大変寂しかった。
その後も、近い内容のACCESS TEXT NETWORK(ATN)というセッションに行く。これはカレッジ以降の学生に必要なテキストを届ける仕組みである。かつては大学の先生たちが各自の教科書をデジタル化したEASIというネットワークがあったが、今ではこういったネットワークがたくさんでてきて、もはや先生方のボランティアワークに依存しなくて良くなったわけだ。このATNというプロジェクトは全米出版社協会(ASSOCIATION OF AMERICAN PUBLISHERS)における読書障害への対応である。
まだ2009年2月に活動を開始したばかりだが、今年の春から徐々にサポートを始めるとこのことで、綿密な工程表が提示されていた。2011年の1月には自立した組織になることを目指しているようだ。出版社に対する代替メディアの作成方法のトレーニングに始まり、ファイルのアップ方法、PODCASTINGの方法、参加者や学生の立場でのユーザーガイドの作成やユーザーによる電子会議室も設ける方針である。
出版業界が、こぞってこのような組織を作り、自らの書籍をデジタル化しているという状況は、日本では全く考えられない事態である。もちろん法律の影響ということもあるだろう。だが、おそらく日本では、読書障害という概念そのものが存在していないと思われる。視覚障害者には点訳があるから充分であると思いこんでいるのかもしれない。点字の読めない中途失明者、肢体不自由者、高齢者、識字障害などの学習障害者など、ニーズはもっと幅広いのだが、その理解は日本では薄いのが現状だ。書籍をデジタル化したらあっという間にネットで流通するので著作者の権利侵害につながるという意識が強すぎて、このような出版社側の動きは、日本では皆無だと思われる。
アメリカでは、AMAZONがKINDLEという端末を出して以来、書籍のデジタル化が一気に進んでいる。もはや本は、紙で読むものだけではないのだ。GOOGLEが全米の図書館の蔵書をデジタル化するプロジェクトも、著作権に関する和解が出版者協会との間で成立し、今後は全米の図書館の全ての書籍が検索可能になっていくだろう。世界が一気に進む中、日本はこの分野でどうなるのだろうか?視覚障害者側は、DAISY対応を進めればよいという考えもあるようだが、ビブリオネットの蔵書はこれまですべてのデータを集めても13000タイトル程度でしかない。版元からのデータ移管や、書籍をチョップするボランティアの組織化が進んだ米国との距離は大変遠いと思われる。