2006年CSUNツアーレポート:関根千佳(5)
3月22日 セッション開始 今年のセッションの動向は?
今日からセッションが開始だ。朝食付きのオープニングセッションは、これまでは入り口の大テーブルからデニッシュやジュースを取って好きな席につくタイプだったが、今年は各テーブルの上にデニッシュのかごが最初から置いてある形式に変わっていた。フルーツのお皿が増えていて嬉しかった。ところが、ところが、である。スピーチが始まらない。で、ビザがどうの、とむにゃむにゃ言ったまま、会は流れ解散してしまう。
あれ、何が起きたの??よくわからないけど、とにかく終わりだ。「セキネさん、肉食べましょう、肉!」と、朝から今井が元気である。彼女はこのヒルトンホテルの朝ごはんにつくソーセージやベーコンが大好きで、毎朝しっかり食べている。いいなあ、高カロリーのもの食べても太らなくて。私は毎朝はちょっとなあ。やっぱり日替わりでご飯と納豆にしたい。トシだ。(後からHarryに確認したら、この盲目のアーチストは海外に行っていてそこからのビザが出なかったとか。あれ、この人、アメリカ市民なんじゃなかったっけ?と、謎は深まる。英語力はやっぱり必要だ)
で、セッションをどこへ行くか、スタディを始める。今回は以前よりヒルトンでのセッションの数が多い。前回までのようにマリオットでアクセシビリティ、ヒルトンでAACという単純な分け方ではないので、ジャンルを決めるのがなかなか大変である。私は基本的には、知り合いの発表をメインに決める。WGBHのLarry Goldbergの話を聞けば、メディアのアクセシビリティの動向がわかるし、WAIのJudy Brewerの話を聞けば、ウェブアクセシビリティの状況がみえるからである。ただ、セッションの内容によっては、初心者向けの話しかしないこともあるので、注意が必要だ。
最初のセッションは、NTTドコモと三菱電機による携帯電話のユニバーサルデザインの発表だ。昨年からずっと御一緒しているプロジェクトでもあり、質問などへのヘルプの役割を担当するため弊社は全員で参加した。プレゼンテーションは大成功で、質問もたくさんあり、世界初の二画面携帯をCSUNで発表することの意義を感じた。ボタンをソフトウェアでコントロールできるということの柔軟さが、今後、どれほど多くの、そして多様なニーズのユーザーをハッピーにできることだろう。可能性と反応の大きさに、関係者一同、嬉しくてならなかった。米国ではこれまで携帯電話の大幅なアクセシビリティ機能拡張は行われておらず、どちらかというとPDAのほうがはるかに進んでいる。日本はまったく逆でPDAはほとんど市場がない。今後、日本から携帯電話のユニバーサルデザインをどんどん情報発信していく必要性を感じた。
今回、このセッションは、Agingという新しいジャンルで発表された。これは今年の新しい傾向である。CSUNでAgingに関してのトラックを設けるのは、従来、若年障害者に焦点を当ててきたCSUNとしては、画期的なことなのだ。後から米国のキーマンに聞いたら、アクセスボードでも今年からAgingの分科会が始まったということなので、今後が楽しみである。移民が多く高齢化率の低いアメリカでも、ことWASP(White Anglo-Saxon Protestant:主にアングロサクソン系白人を指す)に限れば高齢化は進んでおり、裕福でITリテラシーの高いシニアも多い。市場としては充分考慮されていいはずなのである。確かに米国の大学ではGerontologyなどの加齢学は先行しているが、シニア向けITとなると、まだこれからである。このエリアでは、日本のほうが企業での実践が進んでいる部分もあり、今後の協業が期待できそうだ。
続けて政府のアクセシビリティ方針に関するセッションに参加する。EDという組織名が、いったいどこのことなのだか一瞬わからなかったが、行ってみたら、Department of Education(教育省)じゃないか。なんでこの省だけ、省略形が他と違うのかな。DOEって別にあったっけ?どうやら、このBruce Baileyというお兄さん、かつてCSUNの常連だった同じ省のJoe Tozziの後任らしい。挨拶に行く。内容は、いかにしてFlashを508条に対応させるかという話だった。各国のWebアクセシビリティの関係者が勢ぞろいしているが、内容的には508条のおさらいという感じだった。
しかし、CSUNに来るたびに、連邦政府の高級官僚が、障害を持つ職員へのIT研修を語る場を見ると、いろいろ考えてしまう。ここではごく当たり前のことなのだが。羨ましいというべきか、感動するというべきか、悔しいというべきか・・・複雑な思いになる。日本の文部科学省が、他の省庁の職員に対して、障害を持つ職員への研修プログラムを打つということは、日本では100年経っても無理だろう。教育の全てを司るのが教育省の仕事なのだから、ITリテラシーやアクセシビリティの研修もミッションの一つになっている。もちろん、防衛庁のDinah Cohenのチームのように、それをメインの収入源とする省庁がでることを阻害するものではない。つくづく米国の省庁を見ていると、その柔軟な組織と動きに驚く。
ま、司法省にいたKenたち、内部を知るひとからすれば、やっぱり縦割りで内実は大変というが、それはレベルの問題だろう。こと、アクセシビリティに関して言えば、日本の省庁は、当事者意識はゼロに近い。508条のような、「障害を持つ職員向けにIT機器はアクセシブルでなければならない」という法律は、絶対に成立し得ない。だって、霞ヶ関のどこに障害者がいるというんだろう?電動車椅子も盲導犬も、職員としては見たことがない。
本当に各省庁が、法定雇用率の2.0%を達成しているのかどうか、私は根強い不信感を持っている。国の審議会などに出るたびに、ずらっと省の側に並ぶ男性諸君を見ながら、審議会の女性割合を30%、いや40%にという議論のむなしさを思う。内なるユニバーサルデザインは、まだまだだ。ワシントンと霞ヶ関の最大の違いは、この多様性にあると思っている。
その後のいくつかのセッションははずれ。題名だけでは判断できない。毎年思うが、CSUNのセッション選びはとても難しくなってきている。かつては、発表する人も限られていておおよそのレベルの予測がついたのだ。だがこのところ、障害者のUIがさまざまな大学や研究機関での研究対象になったこともあり、学生のしょーもない研究発表や新規参入企業のあさってを向いた発表もある。ま、昔からそういうのも交じってはいたのだが、私自身に見分ける力もなかったし、キーマンや主要企業の発表を追いかけるのに精一杯だったから、気になっていなかったのだろう。
そういう思いで眺めてみると、確かに代替わりを感じる。さっきのJoe Tozziやアクセスボードの全盲のエンジニアDoug Wakefieldは、引退してしまったし、常連だったJim Toviasも見かけない。IBM引退組のJim Thatcherも、元気に参加はしているが、今年は発表しないようだ。HPやMSのなつかしい顔が、いつのまにかいなくなっている。そろそろアメリカ人としては引退の年齢だものね。一時代を画した人々の次が現れてもいいだろう。実際、さっきのセッションのBruceや、Dougの後継者であるTimothy Creaganなど、元気なキーマンはすべてこのCSUNに揃って来ているのだから、やはりこの会議は、世界のアクセシビリティやユニバーサルデザインにとって、非常に大切な会なのだと思う。