ENOLL(European Network of Living Labs) Open Days 2017に参加して
2017年9月8日
株式会社ユーディット 関根千佳
2017年8月末から9月初旬にかけて、ポーランドのクラコフで開催された、ENOLL(European Network of Living Labs)の会議に参加した。その後、スウェーデンのリビングラボを複数訪問して情報共有を行った。これはその報告である。
1.リビングラボについて
リビングラボ(Living Lab)は、ヨーロッパを中心に盛んになっているもので、社会変革(Social Innovation)を推進するための仕組みの一つである。行政・企業・アカデミア・市民の4つのチーム(Quadruple Helix Model)が協力しながら、世の中の課題を、特定し、解決策を探り、提案していく。4つめの、市民セクターの参加が非常に重要とされる。
LivingLabのカバーする範囲は、テクノロジー、環境、政策、文化、教育など、多岐にわたる。LivingLabの基礎となる考え方として、Open Innovation 2.0があり、開かれたイノベーションと言う意味である。これは当然ながらICTの利用を前提としており、それによって、多くの市民や企業が参加しやすいものとなっている。
それは、EUが進めているCitizen Scienceの考え方にもつながる。科学技術に広く市民が参加することで、地域固有から地球規模までの課題を共有したり、新たな解決策を市民が共に考えるたりすることが可能なプラットフォームとなる。いわば、Living Labとは、これまで行政や企業や大学が、何とか単独で解決しようとしてきた課題発見・課題解決の道程を、市民主導、Citizen Drivenに取り戻す動きであると言える。そのためのデザイン手法の研究も盛んで、これまでUser Centered や、Human Centered Design と呼ばれてきた手法も多く使われており、それをCitizen Centerd と読み替える場合もあるという.
今回、Social Innovation という言葉が、「社会を変革する」という意味だけではなく、「社会が、自らを変えていく」という文脈でも使われていることが印象的であった。政策や、法律や、技術や、環境や、教育などを、誰かに任せるのではなく、市民が自ら、望ましい未来社会を作り出していく。その主体的な場としてLiving Labの存在をEUが支持していると思われる。また、この動きは、かつてMIT スローンのエリック・フォン・ヒッペル教授が書いた「民主化するイノベーションの時代」の流れを汲むものかもしれない。地方政治や議会が、市民にとって非常に身近なものであるヨーロッパのデモクラシーは、LivingLabで行われる政策決定プロセスに引き継がれる。
スマートシティやIOTの在り方を、一般市民にとって自らに必要なものにするために、ICTが市民参画を促すのである。そして、最初はニッチに見えるそのニーズを、次第に明確化することにより、新たなビジネスモデルを生み出し、それを担う起業家を育成する。リビングラボとは、EUでは、起業家のインキュベーターとしての役割も果たしているのである。
2、クラコフ ENOLL Open Days 2017 参加(8月29日~9月1日)
ENOLLは、このLivingLabの認定機関でもあり、欧州に広がるLabをつなぐ組織でもある。2006年以降、毎年、多くのLabが集まるOpen Dayを開催しており、昨年はカナダのモントリオールで開催された。今年は、クラコフのテクノロジーパークとJagiellonian Universityにおいて開催された。いずれも、企業や大学が同じ場所に集まり、密接に連携しながら研究開発を進めている拠点である。
初日はLivingLabの関係者のみの招待日で、私は2日目からの参加となった。この日と3日目は、EUにおけるCitizen ScienceやLivingLabへの支援体制の紹介に始まり、テーマごとのパネルやディベート、各地のLivingLabの活動紹介などが行われた。OpenInnovation2.0との関係や、今後の方向性が、各国関係者やEUの担当者から説明されていた。日本からも、Future Centerの取り組みが紹介された。
三日目の午後には、ポーランド国内の各地域のLL活動の紹介の後、そのテーマに沿って、エクスカーションが準備されていた。私はSmartCityの取り組みに関心があったため、クラコフ市の交通センターを訪問し、全市の道路状況、各交差点の混雑状況などが把握できるシステムを見学した。交差点や信号機、トンネルなどに設置されたセンサーやテレビカメラの映像を合成し、問題が起きた場合の対処法や、混雑回避に向けた解決策を、時々刻々と出している場所である。このシステムは、事故車の追跡や、事故原因の究明などにも、多くの成果を挙げているとのことであった。今後は、動いている人や、各車そのものから出されるGPS情報なども組み合わせて、もっと柔軟に、インタラクティブな情報受発信が可能になるのではないかと思われる。
4日目と5日目は、ワークショップの日であった。これは、一時間半ごとに以下のようなテーマに分かれて、各部屋でワークショップが行われた。
・Smart City
・Health
・LL Policy
・Service Design
・Circular economy
このワークショップでは、テーマ設定の方法も、進め方も、実にさまざまであった。例えば私が参加したSmart Cityのセッションでは、クラコフ市の通勤時間における交通渋滞をどうすれば解消できるかということについて話し合っていた。市の担当者が現状の課題を伝え、それについて参加者が自由に意見を述べるというスタイルであった。またシニア向けのWebサービスを行っているサイトでは、持続可能なビジネスモデルを考えるという課題が出された。このサイトは大学内で作成し、コンテンツも大学生が集めてきたものであるが、今後の保守を考えると何らかの収入を得たいということで、そのためのアイデアを求めるものであった。独自のワークショッププログラムを持っていたが、必ずしもその方式にこだわってはいないようで、柔軟に対応していた。
また、日本のJSTとスウェーデンのVinnovaが協働で行っているTLLAA teamのワークショップもこの日に開催した。TLLAA とはTransnational Living Lab for Active Agingのことである。 日本側は東京大学、スウェーデン側はLinnaeus University、およびJohanneberg Science Parkが参加している。ワークショップの題名は、Transdisciplinary and transnational cocreationfor health and care in an ageing societyというものであった。当初は24名の申込みがあったが、実際に蓋をあけてみると35名が参加してくれて、嬉しい悲鳴となった。「アクティブエイジングとワーク」、「アクティブエイジングとモビリティ」、「アクティブエイジングとハウジング」というテーマで、3つのグループに分かれた。スウェーデン側の開発した「五段階のストーリーテリング」という手法を用い、各人からそれぞれの意見を引き出した後、今後のアクティブエージング社会には何が望まれるかを考えるものであった。全体の人数が増えたため、少し時間が足りない印象もあったが、年代の異なる市民や専門家が意見をフランクに交わす場として、成功したと思われる。
他にもIOTポリシーなど、主にテクノロジー寄りのワークショップにも参加してみたが、こちらはかなり専門的な内容で議論しており、私はあまり貢献できない部分もあった。
ENOLLは、LivingLabの多様性や、可能性を感じる場所としては、最適である。また実際にそこで活動している人々の集まりであるため、当事者同士の会話は、一瞬で始まり、情報交換に入ることができる。しかし、LivingLabの背景や目的を理解しないまま参加したり、自分の解決したいテーマが明確でない状態で参加するのは、なかなか難しいという印象も受けた。今回、名刺交換をした相手は、基本的には大学の先生が多かった。NPOのリーダーや、企業の担当者がもっと参加していると思っていたので、その点では少し残念であった。むしろ、EUの政策担当者や、行政関係者が多かった印象である。
また、後半は特にワークショップが多いため、このような経験が浅く、かつ英語力に自信のない参加者は、苦労するかもしれない。欧州の参加者はそれぞれ英語に訛りがあり、たまに自国語の単語が混じるため、議論についていくのは、少なくとも私は大変だった。
3、スウェーデン
3-1 GothenburgJohanneberg Science Park(2017年9月4日)
Johanneberg Science Parkでは、いくつかのLivingLabを訪問した。ここは、ヨーテボリの中で、大学と企業が共存しているサイエンスパークであり、研究開発や製品企画を行っている。まず、TLLAAのプロジェクトを説明し、その後、地元のLabが活動を説明した。プレゼンの中では、Science Parkの全体象や、スウェーデンの建設会社であるHSBのリビングラボ、そして高齢者の服薬を支援するアプリの紹介などが行われた。
その後、HSBLivingLabを訪問した。ここは、大学構内に、実際に大きな実験用アパートを建設してしまった事例である。そこには、何十人もの住民が「住んで」いる。まさにLiving Labである。断熱や電力などが、住んでみて実際にどうなのか、主に技術面から実験を行っている。玄関に洗濯機を置いてコミュニケーションを図れるか試してみたり、鶏小屋で雌鶏を育て卵をとったりしている。また外壁パネルなども後から変更できる仕様になっており、フレクシブルな住宅建設という意味ではなかなか面白い実験であると思われる。ただ私の印象としては、インテリアデザイナーが全く関与しておらず、人間が住む家としては、あまりにも配線やダクトがむき出しで、とても住みたいとは思えなかった。子ども連れの家族もいるということなので、できればもう少し、北欧らしいデザインを用いて、住みやすい環境に変えていく実験を行ってほしいと思う。
午後は、AllAgeLabという支援技術のラボを訪問した。食事支援のスプーン、白内障や弱視の疑似体験めがね、キネクトを使ったトレーニングシステムなど、さまざまな支援技術を紹介して頂いた。洗面所のデザインは大変美しく、車いすユーザーにも使いやすそうであった。また、デンマーク製の、転倒者をリモコンで起こすシステムは、なかなか良くできたデザインであった。ベッドサイドなどで使える木製のラックも、北欧デザインで美しかった。技術的には日本の方が進んでいる点も多いが、実際にベッドやキッチンなどのリアルな場を準備し、そこで障害当事者が研究者となって、支援技術の評価や開発を行っているというのは、日本でも見習うべき点であると思う。
3-2 VaxjoLinnaeus University(2017年9月5日)
この日は、クラコフで一緒にワークショップを行ったLinnaeus Universityを訪問した。会場には、この大学の研究者を始め、地元の高齢者を含む多様な関係者が20名以上集まった。学長の挨拶に始まり、TLLAAの各チームの説明の後、Linnaeus University側が、新たなワークショップを開催した。先日の五段階のストーリーテリングを、絵を描くことで行うというものである。実際に、アクティブに活動しているシニアからの意見もあり、内容のあるものとなった。
午後は、この大学が協同で活動しているIKEAを訪問した。IKEAは、世界最大の家具製作と販売の会社である。地元を大切にするという企業理念のもと、地域に存在するLinnaeus Universityと密接な連携を行っている。広大な敷地内には、オフィスや倉庫などの他に、美術館、ホテルまであり、一つの街のようであった。
ここでは、TLLAA側からの各チームの説明の後、IKEA側、および大学の担当者からの連携プログラムの説明があった。IKEA自身が巨大なリビングラボのようになっており、企業でありながら、市民のユーザーノーズを汲み、大学と協業しつつ、研究も行うというスタンスである。また、この大学の学生を、インターンとしてではなく、実際に雇用契約を結んで研究開発プロジェクトに参加させているということである。そのまま就職することも可能であるが、その経験が別の就職などキャリア育成にも有効であるということであった。このような形で、。学生の学びや、起業をも支援するのがリビングラボの役割とすれば、IKEAのケースは大変参考になるものである。
最後に、今後のTLLAAをどう進めるかについて、タイムテーブルや内容の議論を行った。この中で、IKEAからは、Linnaeus Universityとの協業を行うのと同時に、東京大学や今泉台の鎌倉LLとも協業できるのではという提案があった。時期や語学の課題は残るが、これは大変魅力的な提案であると思われる。(写真は学長がIKEAとの協業を伝えているもの)
4、終りに
今後、日本でLLがどのように進んでいくのか、このプロジェクトがどのように進むのか、まだ未知な部分もたくさんある。しかし、海図なき海を進むように、星や風を読みながら、少しずつでも進んでいければ良いと思う。LivingLabが、政策決定や研究開発に、市民が自ら関与するためのツールであるとすれば、日本でも推進すべきである。望ましい未来を、市民が自ら作り出す。そのような、新たなソーシャルイノベーションが起こる可能性を感じた二週間であった。