2007年CSUNツアーレポート:梅垣正宏 (客員研究員)
CSUNは、今年で2005年から連続3回目の参加。会議の中で見つけたもの、感じたことなどをご紹介します。
ローテクの代表安全ピン
まず最初に紹介したいのは、この安全ピン(のようなもの)。この安全ピンとカラフルなボタンみたいなものは一体全体何に使うと思いますか?
これ、よく見るとボタン様のものが全部違う形になっていて、触るとちゃんと区別できるようになっているのです。色違いの洋服に取り付けて、視覚障害者が、どれがどの服か、特に色違いの場合など、識別できるようにするためのものだそうです。説明員の話によると、そのままピンを留めてもいいし、ピンをはずして縫い付けてもOK。
この製品、視覚障害者用の音が出る秤や時計の横にふたをして、あんまり気合を入れて展示してなかった一品。わざわざあけて質問したのでした。恥ずかしながら、僕はこれを知りませんでした。色々な応用がきくし、センサーなどを使ったハイテク製品よりもずっと使いやすい気がしませんか。
Mozilla Accessibility
Mozilla Accessibilityのセッションに参加し、ブースにも行きました。Firefox はアクセシビリティでもホットな話題のひとつです。Firefox 2.0/3.0 ロードマップを見ても、まだいつ出るのか分かりませんが、Firefox 3.0 と Gecko 1.9 ではアクセシビリティに対応する機能が格段に進歩することになっているからです。たとえば、すでにリッチ・インターネット・アプリケーション(RIA)への対応をはじめていますし、後述するIA2にもサポートを表明し実際に作業に入っています。残念ながら日本ではJAWSの最新版でしかFirefoxは使えませんが、今後は使えるようになって欲しいものです。結局、あんまり時間がなくて詳しい話はできなかったけれど、ブースで "I love Firefox" とか何とかいって、握手して、ステッカーをもらって帰って来ました。このチームの人たち、CSUN2007でとっても勇気付けられたみたいで、なんとすでに CSUN2008 の計画をする wiki を立ち上げています。もっとちゃんと話をしてくればよかったと、反省。
ついでに書いておくと、以下のURLにアクセスすると、Mozilla Live Access CD の iso ファイルがダウンロードできます。英語だけど、CDを焼いてパソコンに入れるといきなりTTSで音が出ます。
http://clcworld.net/moz_csun_2007_iso.zip
それから、
http://www.mozilla.org/access/slideshow/
ここで、Accessibility in Mozillaというスライドが見られます。これを見れば、やろうとしていることがわかります。
おそるべしIBMのオープン戦略
IBMがアクセシビリティでもオープン戦略を強く打ち出しているのは、もう報道されていることですが、CSUNでも数々の発表を行っておりました。私は、IAccessible2 のセッションと、Linux Foundation のアクセシビリティチームのミーティング(クローズド)に参加してきました。IAccessible2 インタフェースというのは、いわばマイクロソフトのMSAAのアッパーコンパチブルバージョンで、IBMが開発しLinux Foundation に寄付した オープンなAPI規格です。かれらは「オープンスタンダード」と呼んでいて、ソースがオープンなわけではありません。このAPIは明らかに、WAI-ARIA(W3C/WAIのリッチインターネットのアクセシビリティ仕様)を意識したもので、前述したFirefoxやJAWSのチームとも一緒になって取り組んでいます。マイクロソフトはVistaでUI Automationという新しいアクセシビリティのフレームワークに移行しているのですが、いわばその隙間を埋めるがごとく、MSAAをうまく補って問題を解決しようという方向性です。なお、IA2はLinuxにも実装されます。
IBMの本当の狙いは分かりませんが、これ以外にもいろいろな取り組みが見え隠れします。ただ、残念なのはホームページリーダーがVista対応をしないこと。正直に、IBM関係者には「残念!」と伝えました。
韓国支援技術メーカーの進出
Human Information Management Service (HIMS Co.,Ltd)という韓国のメーカーが開発する Voice SENSE は音声で使用する視覚障害者用のモバイルツールです。CSUN2007の会場で最初にみつけました。Webで見ると、この会社は視覚障害向けの支援技術、特にコンパクトなモバイル製品をいくつか出している会社のようです。この会社のある大田市には、大徳テクノバレーというハイテク工業団地があるらしく、情報技術のメッカになっているようです。
(写真上の黒いのが Voice SENSE)
この製品、とてもコンパクトな点字キーボードのような形をしていますが、Windows CE を搭載していて、無線LAN、Bluetooth、USB、SD/CFカードスロットを搭載し、いわゆるPDAとして使えるようになっています。音声合成は、英語と韓国語に対応しており、6月の発売までに日本語の音声合成も搭載する予定とのこと。また、音楽プレーヤー、DAISYプレーヤー、FMラジオの機能も搭載して、重さは、266グラムと軽い。写真のように、ピンディスプレイを接続することもできます。
これで売値は$1895ドル。日本でも発売し、同じくらいの値段で売り出すとのこと。一般のPDAに比べれば高いかもしれないが、この手のモノとしては価格破壊に近い値段です。じつは、こういう製品は以前からあったけれど、ここまで筐体がちゃんとデザインされていて美しいものははじめてみました。機能の完成度は分からないけれど、概観はかなりちゃんとしたつくりです。
それにしても韓国企業はすごい。日本の支援技術メーカーの多くが国内市場しかみないで製品を作っているのに比べて、最初から世界市場を相手に商売しようとしている姿勢は頭が下がります。もちろん、日本でもKGSさんなど世界市場で勝負していてCSUNに出展している企業もあるのですが、少数派。昨年も思ったのですが、支援技術市場への韓国企業の進出は目覚しいものがあります。欧米企業とは違って、日本の漢字文化なども理解していますから、日本語版を出すのもスムーズ。また、韓国企業は日本と商習慣や開発の考え方が似ているので仕事を進めやすいという話も、関係者から聞けました。
説明委員の英語が僕よりも下手だったのはご愛嬌ですが、最後はメモ用紙に漢字を書いて話したりして、アジア人同士の交流ができたのも楽しかった。
しかし、それにしても韓国企業おそるべしです。
WAIのスタンスは変わった!
最終日にWAIのディレクターのJudy Brewerの発表を聞いて少し感動しました。かつて、WAIの発表はWAIがいかにWebの標準化に取り組んでいるかという、WAIの宣伝というような内容がほとんどでした。正直に言えば大して面白くはなかった。しかし、今年の発表は、WCAG2.0の開発でいかに各国の標準やISOと手を携えているかという、世界中の活動に目配せした内容だったのです。日本も活発に活動していてWCAG2.0ではJISとリエゾンを組んでいるとか、米国のリハ法508条の技術基準改定作業でもWCAG2.0の採用を働きかけている、などなど、WAIの外側との共同、協調の話がたくさん出てきました。
WCAG2.0のスコープがW3Cの技術の中に閉じていたWCAG1.0から、多様な標準に対応するという風に変わったのも大きな変化のひとつです。FLASHだとかPDFなどを無視していては、アクセシビリティが進まないのは明らかな状況なのですから、無理からぬ話ではあります。Judyにロビーで「日本では何か進展しているか?」と聞かれて「いや、なかなか進んではいないね」としかこたえられなかったのが残念。JIS X8341-3も適合評価だとか、もっと活発な活動を展開しなくちゃと思ったのでありました。
エキサイティングな製品、そして人との出会い、それがCSUN
CSUNカンファレンスに行くと、いろいろな人と出会い、元気をもらったり、面白い製品に出会えたりします。去年も話をした蝕知図メーカーのおじさんとか、CANON Americaの美人の彼女とか、覚えていてくれた人もちらほら。
来年もいけるかどうかは分かりませんが、チャンスがあれば日本からも技術や新しいネタをもっと持ち込みたいものです。