第二章 冬の章「贈り物として」
5.いのち(その2)
自分のルイカが、不思議な光り方をしているのに気づいたのは、圭吾が先だった。
「香成さん、あれ・・・」
言いながら、圭吾が自分のルイカを手に取るのと、香成が自分のルイカを開くのは同時だった。ぼんやりとほのかにうす青い色の光りを放つ。それ
は、孝志との交信用に、香成が特別に準備した信号だったのだ。
「孝志くん、生きているんだね!?今、どこなの?場所わかる?」
圭吾が震える声で話しかけた。途切れ途切れに、孝志の声がする。だが、電波の状況が悪く、聞き取れない。
「孝志くん、お願いだ。カーラジオのスイッチを入れてくれ」
香成が叫ぶが、どうもこちらの声が届いていないらしい。圭吾は祈るような思いで叫んだ。
「もう少し電波の届くところへ行ってもらえないか?山の上とか、もっと高いところはそばにないか?危険だから気をつけて!」
本当は吹雪の山で歩き回るのは危険極まりない。だが、連絡がつかなければ終わりだ。孝志との更新でそこで途絶えた。圭吾の声が届いたかどうかは
不明だった。
いや、その声は、孝志には届いていた。あの声は、翼君じゃない。どうして翼君のルイカに、翼君のお父さんが応えるんだろう。大人はみんな信用できない。
そんな思いで孝志はなんだか気分が萎えた。だがこのとき、たっくんの泣き声が、急に弱くなったのだ。
「おい、どうした?」
なんとなく元気がなくなってきたたっくんを見て孝志はあせった。さっきの交信で、たしか、上村のお父さんは、「高いところへ行け」って言ってい
たような気がする。外はしんしんと雪が降り続いている。このまま一晩過ごしても死ぬ。でも、外で行き倒れてもやっぱり死ぬ。同じなら、たっくんが助かるほ
うがいい。わずかな心境の変化で、孝志は、後部座席のドアを開けて外へ出た。ホワイトアウト。林の中は、木々の足元だけがいくらか黒い、で、それ以外は全
く白の世界だった。雪は風の中で踊り続ける。足を踏み出そうとしてあせった。ずぼっとひざ下まで埋まる。5メートル進むのも大変だ。高いところって言っ
たって、どこまで行けばいいっていうんだ・・・悪態をつきながら、一歩一歩、這うようにして雪の中を進む。こんな地域に住んでいる人だっているんだ。東京
の冬なんて、年に一回くらいしか雪なんか降らない。同じ日本なのに、なんでこんなに違うんだろう。生きるか死ぬかという事態に直面していながら、孝志は不
思議なくらい混乱していなかった。マウンテンハイとか、ランナーズハイと言われる現象と同じで、スノウハイという心理現象も存在するのかもしれない。薄紫
にあたりはたそがれてゆく。風は止んできて、あたりはまっすぐに降り積もる雪ばかりだ。一歩、一歩、踏みしめながら先へ進む。あの林の影には、もう少し開
けた場所があるのかもしれない。孝志は不思議な高揚感に満ちていた。雪が冷たかった。目が痛かった。胸がぜいぜいするばかりで、体がなかなか動かない。で
も、それを感じている自分がいた。痛みや、冷たさや、自分の鼓動を感じている自分がいた。それは、これまでの守られてきた環境の中では経験したことのない
感覚だった。バーチャルな世界でしか知らなかったリアルな感覚であった。自分でコントロールすることのできる何か。それは、自分自身の体とこころだったの
だ。なんだか生まれて初めてそれを知ったような気がしていた。