Home » 実績 » ユーディット関連書籍 » スローなユビキタスライフ日本語版 » 第二章 冬の章 「贈り物として」 » 2.コミュニケーション(その3)

第二章 冬の章「贈り物として」

2.コミュニケーション(その3)

 岸上家に孝志が来て、2週間目のことである。東京から孝志の父、雪夫が突然訪ねてきた。数日間、休暇をとれたというのだ。雪の止んだ、静かな日だった。 上村家、荒木家、岸上家のメンバーで、にぎやかに町の食堂で夕食をとった。途中から香成と遼子も加わった。
「孝志くん、初めまして。麻生香成です」
 孝志には、なんとなく初対面には思えなかった。どこかで助けてもらったことがある。そんな既視感があった。どこで、だか思い出せない。でも、ど こかで、ずっと前から僕のことを知っている。それは、翼君のお父さんにも本当は同じような印象を感じていたのだ。でもそれを孝志は口には出さなかった。
「彼が、あなたの持っているルイカの開発者なのよ」
 遼子さんが少し嬉しそうに言った。
「これがあると、誰かとつながっているって気になるでしょう?あなたは決して一人じゃないわ」
 ふっと孝志の目に険しい疑いの色が走ったのを香成は見逃さなかった。
「いや、孝志くん、僕はサーバーの管理をしているだけだから、別に君がどこの誰とどんな会話をしているかなんて、わかる立場ではないよ」
 香成は努めてさらりと言った。だが、孝志は、黙ったままであった。なんとなく気まずい雰囲気が漂い、それに耐えかねて雪夫が叫んだ。
「孝志、お前はまだあのときのことを根に持っているのか。もう俺はお前の携帯メールを読んだりしていない。お前が誰とどこでどんな会話しようが、 知らないんだ!」
 孝志はやはり押し黙ったままだった。たっくんが泣き出し、由梨ちゃんが一生懸命、あやしていた。おにいちゃん、と呼んでなついている孝志のこと が、心配そうだった。
 岸上一家に連れられて孝志が帰った後、うなだれていた雪夫は、ぽつぽつと孝志とのいきさつを語り始めた。
「あれは、もう二年近く前のことなんです。中学に入った息子との会話が途切れて、わたしも孝志が何を考えているのかわからなくなってきていまし た。息子は日記もつけていないし、学校で何かあったみたいでときどき落ち込んで帰ってくるのに、何もいわないで部屋に引きこもってしまう。いじめにあって いるんじゃないかとか、先生とうまくいってないんじゃないかとか、心配しましたが、私も海外出張が多く、なかなか話す機会がないのです。ある日、息子が寝 ているとき、部屋で充電中だった携帯電話を、悪いとは知りつつ、開いてしまったんです」
 一同は黙って聞いていた。高布町特産の美味しい漬物を肴に飲んでいるのに、なんだか今日は少し塩辛く感じた。
「念願の私立の中学に入って、それまでは小学校でトップだった成績も、真ん中くらいだとわかったのでしょう。同級生はみなお金持ちで、運転手の送 り迎えつきの坊ちゃまもいるような環境でした。妻は見栄をはってその中学へいれたものの、奥様方とのつきあいにも疲れるものがあり、高い寄付金を払うため に仕事を増やしたので、家にいないことも増えてしまいました。私も、合格して安心してしまったところがあります。でも、孝志は・・・」

前ページ 2.コミュニケーション(その2)    2.コミュニケーション(その4)