第二章 冬の章「贈り物として」
1.贈り物として
「おい、翼、お前、高布町のもので何かほしいものないか、何でも買ってやるぞ」
突然、父の圭吾に言われて、翼は面食らった。父からクリスマスプレゼントなんて、小学校以来かもしれない。とっくにサンタクロースなんて信じな
くなっていたのに。
「いったいどうしたの?ぼく、何もお父さんの弱みなんて握っていないよ」
「当たり前だ。だがな、わしが高布町で発行した感謝券の清算をしてくれってメールが来たんだ。お前もルイカに感謝券を出したの覚えているだろ
う?」
「うん、よく覚えているよ。でも、あれって、街の中で感謝券同士で交換する地域通貨じゃなかったの?」
圭吾は、仕組みを説明してくれた。翼の一家は高布町に滞在している間に、感謝券を十五枚発行していた。年末に近づき、この感謝券を清算しません
かというメールが町から届いたのである。折しもお歳暮シーズン、クリスマスプレゼントの時期である。感謝券は、基本的には街の中で、感謝そのもののやりと
りのために使われる。でもこのように、街の外の人が発行していて、差し引きがマイナスの場合、それは年に二回、夏と冬に清算手続きが勧告されるのだ。街に
対する寄付金でもいい。また、街の特産品をお歳暮やお中元として贈るか自分で買うことでも清算可能だ。これもなかなか効果がある。だって、その町で発行し
た感謝券は、たとえばそこで飲んだお酒、お菓子、野菜、果物などがとっても美味しかったときのものなのだ。もう一回、いかがですかと差し出されたら、思い
出と一緒に、つい買ってしまう。これは、街の中のサービスにも変えられる。気持ちよかった温泉旅館や楽しかった飲み屋などの、金券を買うこともできるの
だ。もう一回行かなくてはならないように、期限は半年である。
「もちろん、無視してしまう人だっているんだろうけれど、人間、自分が気に入って『感謝!』って情報発信したものをもう一回見せられると、つい買
いたくなってしまうんだよな。これって、すごく小さな町が全国にものを売ったり、リピーターを増やすのにはいい方法だなあ。自分の感謝を、町に返せるんだ
からね」
「ふーん、そうやって、マイナスになっている場合はものを買うわけだね。でも、街の外の人が、感謝券をたくさん受け取っていて、それがプラスに
なっていることもあるわけでしょ?ちょボラをしっかりやったとかで。そんなときはどうするの?」
「ああ、そういうこともあるだろうね。また、市内の人で、たくさんの感謝券が使い切れない場合、遠くの親戚に送ることもできるんだよ。おじいちゃ
んから、実は感謝券を五十枚も贈ってもらった。この場合、感謝券は、金券として街の特産物を選べる。だが、ここでもよく考えてあって、誰かに送る分にしか
使えない」
「プレゼント専用ってことなの?」
「そう、で、それと同額の贈り物を自分にもするときだけ、三割引になるんだよ。たいていの人は、やっぱり買うよなあ。だって、自分だってその喜び
を誰かと共有したいもの」
いずれにしても、その町へのいい思い出があれば、街の外の人は、感謝券がプラスでもマイナスでも、高布町の特産品にお金を払ってしまうのであ
る。それも嬉々として。そしてそれは、高布町のサイトから買うのであれば、5%が街の収入として財政に入り、残りは個々の商店に送られる。町も、地場産業
も、共に潤う仕組みだった。
で、圭吾は、自分が発行した分でいったい何を買おうと悩み、祖父が送ってくれた分では誰に何を送って我が家のためには何を買うか、悩んでいたの
である。考えてみれば、ぜいたくな悩みではあった。結局、圭吾はお歳暮として町の栗菓子を送り、ずいぶん考えた末、荒木家と、自分用に町の宿泊券を購入し
た。今度、冬に高布町へ祖父母を訪ねるとき、一緒にいけるといいかなと思ったからである。
翼は高布町へ移住した祖父母が羨ましい気もしていた。なんだか、とっても毎日が充実していそうなのだ。祖父は、町内イントラネットを卒業し、いまでは
『幸平さんの日本酒講座』は高布町のポータルサイトに堂々と載る様になったのである。週に一回、まちの蔵元を巡って取材をし、利き酒をし、それぞれの銘柄
について詳細なレポートをしている。七十四歳にして、利き酒士の資格をとるんだと、猛勉強している。祖母も、土地の和菓子屋を全て制覇し、今度は自分でも
新しいお菓子を一緒に開発するのだと意気込んでいる。なんだか、東京に住んでいた時期とは、別人になったような雰囲気だ。
「そりゃ全員がいいひとばかりじゃないわよ。観光客には愛想がよかった人だって、移住者には冷たい態度をとらないとは限らないわ。土地のひとたち
の習慣がわからないこともあるし、年末の宴会では、一人一芸、何か披露しなきゃいけなくて、あせったわよ。でも、幸平さんとデュエットしたらうけちゃった
わ」
はずむような声で電話してきたことを思い出す。
高布町には、十二月の半ばから雪が降り始めたらしい。僕はよく考えてみれば、子どもの頃のスキー以外、雪から遠ざかっている。ずっと快晴の続く
冬の東京になれてしまって、冬ってこんなものだと思っているけど、あの「木の里」なんか、本当に真っ白に雪に埋もれてしまっているに違いない。ぼくは、香
成さんを、そして遼子さんを思い出していた。もう長いこと、声を聴いていない。僕は、高布町を訪ねたかった。そして、香成さんと、遼子さんに会いたかっ
た。
「孝志くん、誘ってみようよ」
僕の提案に、父は少し複雑な顔をし、そして、困ったようにうなずいた。まだ、自信がないんだろう。