第一章 秋の章「温泉地の秋」
11.家具を作る(その1)
翼は六本木のマンションにいた。手にはルイカを持っている。そのルイカは、高布町の香成さんにつながっていた。彼から声で指示が出るので、ヘッド
ホンで声を拾う。
「さあ、部屋の状況を測るよ。開始してくれ」
翼は香成さんの指示に従って、ルイカを持って部屋の入り口に立ち、そこから見える風景をまず付属のカメラに収めた。ベッド、椅子、テーブル、た
んす、鏡台・・・。祖父母が使っていた部屋の風景が、デジタルカメラに取り込まれる。
「そのまま、ルイカの画面に表示されている緑のボタンを押してみて。」
言われたとおりに、その位置で緑のボタンを押す。ルイカから無線でそれぞれの家具の位置データがとりこまれ、みるみる内に、部屋の中の3DCG
がスケルトンのCADデータとなって、さっきとった写真と重なった。窓や壁のエアコンなども同時に位置データが検出されている。
「じゃあ、今度は、画面に表示されているオレンジのボタンを押して下さい」
できるだけ位置を動かさないように注意しながら、オレンジのボタンを押す。陰になっていないすべての家具のRFID情報が同時にルイカに取り込
まれた。
「はい、ほとんどOKです。ただ、鏡台とカーテンのタグが読めていないようなので、このデータだけ別に取っていただけませんか?」
「え、どうするんですか?」
「あ、すみません、RFIDのタグのありそうなところを探してオレンジのボタンを押してください。前にベッドのデータを取ったときと同じです」
「はい、ええっと…あれ、ないな…。香成さん、どうやら、この鏡台、かなり年代ものです。おばあちゃんのお嫁入り道具かな?それと、カーテンは手
作りのようです。」
香成さんの嬉しそうな声が聞こえる。
「それは素晴らしい。デジタルでないものに囲まれて生活しているひと、僕は大好きです。では、すみませんが、その鏡台とカーテンに関して、できる
だけ多くの角度からデータを集めていただきたいのです。さきほどと同様に、写真撮影と、緑のボタンを何度かセットで繰り返していただけませんか?」
翼は指示されたとおりに何枚もデジタル写真と位置データの計測を行った。ルイカの中で、スケルトンのCADデータが次第に高密度になっていく。
写真の上に重ねるとほとんど3DのCGだ。
「ありがとう。もういいと思います。あとはこの写真を画像認識して、形状および位置データと照合し、今のお部屋の状況を再現させていただきます
ね」
データを解析しCGに落とすまで、何秒もかからなかった。ルイカの中には、祖父母の部屋の状態が、壁紙の色から置かれた花瓶の位置に至るまで、
寸分たがわず再現された。
「すごいですね。こんな再現があっという間にできるんですね」
「ええ、新しく家具を買いたいというお客様のために開発したシステムです。ショールームやネットで見ても、自分の家においたときにどんな状態にな
るのか、そもそも狭い都会の部屋に入るのか、見当もつかないという方は多いのです。でもこのルイカでお部屋のデータを収集していただければ、私たちもどの
家具がぴったり収まるか、お勧めしやすくなりますし、オーダーされる場合も確実にお部屋にマッチしたものになります」
「でも、壁紙やカーテンの色まで再現するんですか?」
「そうです。家具の購入と同時に部屋の模様替えをしたいという方も多いのですが、同時に2つの要素が変更されてしまうと、頭の中でシミュレーショ
ンが難しくなるのです。それを、こういったシステムで、どっちも変更したらどうなるか、示して差し上げることもできるんですね」
翼は感心しながら説明を聞いていた。家具なんて買ったことないからわからないけど、そんなに配慮しながら選ぶものだったんだ。