第一章 秋の章「温泉地の秋」
6.街を歩く(その5)
「ただな、このルイカも、システムも、基本的にはこの街でしか使えんのだ。ここにきて、同じ空気を吸い、同じ土地のものを食べ、同じ湯につかるひと
たちのことを、街のひとは信じたいんだと思う。ほんのわずかでも、ふるさとに帰ったかのように、観光客も地域の一員として迎えたい。たとえ裏切られること
があったとしても、信じないよりはいい。まちのひとのそんな思いが、いまのこの街の隆盛を支えているんだと思うよ」
駅の人ごみの中に、遼子さんがいた。五歳くらいの男の子と赤ちゃんを連れた若い一家に、ルイカの使い方を教えている。その真剣なまなざしと優し
い態度に、子連れ旅行の不安はほとんどなさそうに笑い声がはじけていた。きっと、遼子さんは、小さな子供を連れていくときに便利な店や温泉の情報、急な病
気のときの対処法など、ルイカにしっかり仕込んでおいたに違いない。翼の祖父母が事前に送ったデータから、まちを使いこなせる情報をしっかり仕込んでおい
てくれたように。笑顔で観光に出かける一家を見送って、遼子さんは翼たちに気づいた。両親に挨拶をする。きれいな日本語で、まっすぐに目を見て挨拶され
て、両親は嬉しそうだった。翼のほうを向いてにっこりした。翼はかなりどぎまぎしてしまう。
「あ、あの、さっきの赤ちゃん、可愛かったですね」
なぜか関係ないことを口走る。
「ええ、とても。でも、あの坊やのほうは、アトピーとアレルギーがひどくて、今回は治療にいらしたのです。これまでもあちこち回っていらしたよう
なのですが、ここの温泉が効くといいんですけどね」
「アレルギーって、花粉症とか?」
「いえ、食物アレルギーです。蕎麦と卵がだめなのです。せっかく高布町はお蕎麦が美味しいのに、残念ですね」
翼は、つい、出来心で、口にしていた。
「あの、美味しいお蕎麦やさんがあったら、ご一緒していただけませんか?」