第一章 秋の章「温泉地の秋」
6.街を歩く(その3)
「上村信子さんですね。申し訳ありません。この子を幼稚園まで送っていただけますでしょうか?今朝はなんだか、体調がすぐれなくて・・・・」
「ああ、いいですよ。心配しないで休んでいらしてください。なんでしたら、帰りの時間もお迎えに行きますよ」
「本当にありがとうございます。必要なときはまたネットに流しますので。では感謝券3枚でお願いしますね。幼稚園に着いたら保母さんに信子さんの
ルイカの感謝券を見せてください」
可愛い四歳くらいの女の子を預かって、祖母は岸上さんの家を出た。
「お名前は?そう、由梨ちゃんっていうの?今度、弟か妹ができるのね、嬉しい?」
手をつないで、楽しそうに話をしている。歩くテンポが、なんだか、すごく合っている。後ろからゆっくり付いて歩く祖父が解説してくれた。
「この街には、人助けを楽しむ仕組みがあるんだ。いまみたいに、今だけ、ここだけ、ほんの数分間だけの支援がほしいっていうときも、『ちょっとボ
ランティアやっていただけませんか?』って、街のイントラネットにメッセージを投げると、そこから一番近いところにいる街の住民で、条件に合った人の数名
に連絡が届くんだ。で、最初に手を挙げた人が実際に会ってボラが成立したらメッセージは消滅する。今ごろ、岸上さんの奥さんはボラ成立とルイカに送ってい
るだろう」
「で、感謝券が来るわけだね」
「ああ、きっと信子さんのルイカには、感謝券がどんどん貯まってきていると思うよ。なんだか、腰が軽くなってねえ。できることは何でもしたがるん
だ」
「どんなことでもいいのかい?」
「基本的にはね。ボランティアと合意できればなんでもいい。一人でやっている土産物屋が昼食をとりに行く間のお店番とか、そうそう、外国からのお
客さんがたくさん来た旅館でチェックインのときだけ通訳するなんてのもある。気持ちよく滞在してもらうために、各人の要望を聞いておきたいからな」
翼は、祖母がここで暮らしたいと言い出した理由が、少しわかったような気がした。自分が必要とされているという実感が、きっとここにはあるのだ
ろう。幼稚園に送り届けて、祖母はとても楽しそうにいつまでも由梨ちゃんに手を振っていた。きっと今ごろ、保母さんは由梨ちゃんがちゃんと着いたって岸上
さんに知らせているだろう。さっき、祖母のルイカから保母さんに情報を送っていたみたいだし。隣の小学校からも、元気な子供たちの声がする。
「ここも、十年前はごたぶんにもれず、高齢過疎を絵に描いたようなまちだったらしい。若い人は町を出、子供は減り、小学校も廃校寸前だったそう
だ」