はじめに
これは、現代のおとぎばなしである。このようなまちも、システムも、まだどこにも存在していない。だが、これは、「あったらいいな」と思うものをたくさん 集めたものだ。
ユビキタス情報社会、という言葉に、あなたは何を連想するだろうか?便利で機能的な社会、いや、高度な管理社会かもしれない。どれほど抗ったとしても、 IT技術が猛烈な勢いで進歩することは避けられない。それは私たちが、もっと便利に、もっと楽しくと願った結果なのだ。もしITがなかったら、私たちは飛 行機に乗ることもできないし、銀行でお金をおろすのもずっと難しいだろう。だが、その便利さと引き換えになったものもあるはずだ。友達と会ったり、家族と 会話するようなパーソナルな時間の中にも、ITはどんどん入り込んでくる。もはや、交通や銀行のように、大きなシステムだけがITではないことを、誰もが 知っている。だが、それは、誰もが望む姿なのだろうか?わたしたち、ITユーザーは、自分の生活に切っても切れないほど重要になってきたITに対して、こ れからどのような未来を望むのか、ITの開発者に告げる手段を持っているのだろうか?
ユーザーは、開発者とつながらなくてはならない。文系は理系とつながらなくてはならない。
この小説は、わたしの望む2010年のユビキタス情報社会を描いたものである。人が人とつながり、自然とつながり、歴史や異文化とつながるために、存在す るユビキタスである。ルイカという情報端末はアイヌ語で橋という意味を持つ。それを作る科学者、香成はCANAL(運河)という名前である。ともに、二つ のもの、ふたつの価値をつなぐという意図である。
この物語は、文部科学省「横断的科学によるユビキタス情報社会の研究」において、「文理融合」を目指す「やおよろずプロジェクト」の中で生まれた。日本の ユビキタス研究をリードする研究者のみなさんや学生さんたちの、技術への熱い思いに触発され、ルイカに託す夢はどんどん大きくなっていった。第一章の地域 通過の仕組み、ちょぼらのアイデア、家具の3次元データ取得などはこのメンバーの若手ワークショップから生まれたものである。たくさんのことを教えていた だくうちに、文系の私も、なんらかの形でお返しをしたくなった。たくさんのユビキタス技術を、小説の形にしてみたら、もっと2010年に一般市民が望むユ ビキタス社会が描き出せるのではないかと思ったのである。ただ、私の文章力にも、また技術への理解にも限界があり、表しきれなかった点は多い。
お読みになられた方がもし技術者であれば、ユビキタス情報社会や技術の進展に市民が望むことをわかっていただきたいと思う。また、一般市民の方にもぜひお 読みいただき、望ましい未来社会のあり方を家族や会社の中で話し合っていただきたいと思う。われわれの全てが、ユビキタス情報社会の一員になるのは明白な のだから。
2005年1月8日
株式会社ユーディット 関根千佳